一足早い敬老の日

記念日と言うのは年間にはいくつもある。誕生日父の日母の日、毎日記念日となるかもしれない。誕生日は、何時頃からかあまり楽しく嬉しくなくなってきた。何故だろうか?年齢を意識するからだろうか。直ぐ足し算をして、残りどのくらいでこの世からおさらばするのか、という事を考える年齢だからだろう。自分の誕生日だけかも知らない。孫のような存在は、早く芽を出せ花を咲かせろ!と言う気持ちで待ち遠しいが。敬老の日も心居残る。先日郵便受けに何やら宇宙人が差し込んで行ったようなものが入っていた。

幼稚園の差出人で、印鑑が打たれていいた。訳文がエンピツで小さく書かれていたじいっじばばちゃんだいすきだよとある。浜のミニ百合子さんからだ。幼稚園の行事に、敬老の日の行事としてハガキを送ってくれたようだ。昨年よりもカラフルになっている。文字もだいぶしっかりと書かれている。判読できるようになってきた。だいすきと思っていてくれるだけで感激だ。この言葉は記憶の遥か彼方、忘れるくらい昔に貰ったことがある。それ以後は、我が子供からも貰った覚えはない。ダイスキではなくダイキライのほうだろう。傷付く言葉だ。

昨年の年少さんの時の敬老ハガキは、小さな額を購入して飾ってある。今年も、と百合子さんに進言したら、家中額だらけになると一蹴された。幼稚園は僅か3年間小在籍だ。小さな額も合計3個だ。邪魔になるほど狭い部屋ではない。購入してきて飾ってやろうと思っている。PCやスマホによる送られてくる文字よりも味わい深い。ハガキとして出したものが、遠く離れた場所にある仕組みも理解できていないだろう。いつか自分が描いたもの、と理解する年齢に達するころには、貰い手はもういないかもしれない整理される品物の一番手になるだろうが、思い出になってくれればよい。

今日がお仕事第二段で午後から出掛ける。あの暑い夏が嘘だったような日が連続する。公園内の栗の木に着いたイガが茶色になって口を開いている。口からこぼれた栗の実もある。拾ってみると艶の色をしている。あの暑さが栗には良かったのかもしれない。

原種に近い甲州葡萄も色づき始めた。曼珠沙華は一本花開いてきた。秋雨前線が長く横たわって、秋へと移り変わっていく。今年も幼稚園大運動会のお知れ瀬が届くだろうか。応援に行かねば!